支援前

 M社は、H地方の中堅ゼネコンであるが、公共工事の減少により売上高は減少し、赤字転落していたところに、取引先の倒産による売掛債権の焦げ付きが発生し、民事再生手続き開始を申し立てた。

 民事再生手続開始決定後もメイン銀行であるH銀行は支援を継続し、DIPファイナンスにより運転資金を確保し事業継続を行なっていた。

当時、建設業の市場環境はリーマンショックにより冷え込んでおり、かつ、民事再生手続により下請け事業者に対する買掛債権に大幅な債権カットが避けられない状況で、今後の事業継続に不透明感が高かったことから、スポンサー選びは難航した。債権者の協力を得て民事再生計画を可決するには、株主をスポンサーに変更するなどの経営責任を取ることが必須であったが、民事再生計画案の提出期限も2回延長され、次回提出期限を徒過した場合には破産手続きに移行する瀬戸際に立たされていた。

支援内容

 M社は赤字転落しており、事業継続に不透明感はあることから、事業としてのバリュエーションを出すことは困難であったものの、H銀行の支援の元で仕掛工事を完成させれば当面のCFは確保することが可能であった。すなわち、スポンサーとしては、M社を企業として評価することができなくとも、仕掛工事から得られる資金によって投資回収を行うことは可能であり、H銀行との協力関係のもと最低限の出資を行う出資者、いわば看板架け替えを担当するスポンサーを見つけることは可能と思われた。

 かかる観点から、このようなスキームに理解の深いファンドとの間で交渉を進めた結果、延長後の民事再生計画案提出期限直前になって当該ファンドとのスポンサー契約が締結され、民事再生計画案が提出された。

支援後

 M社は、当該ファンドの出資後、人員リストなどの経営改革を進め、財務体質が改善したところで、H銀行による支援体制の元、現役員が当該ファンドから株式を買い取ることとなり(MBO)、民事再生手続は自主再建という形で終結した。